【ブックレビュー】『街場のメディア論』メディア危機から学ぶ、人生の軸の作り方とは?

カウチポテトする女性ブックレビュー

『街場のメディア論』内田樹[著]光文社新書

本の大まかな内容

テレビ離れ、新聞部数の激減、出版不況……メディアが大きな危機に直面している。その原因はどこにあるのか?
12年前、2010年に出版された本書は、メディアの未来をどう見極めていたのか?

答え合わせの意味でも読み応えのある「知」のレッスン本!

感想

内田先生のことも、本書のことも、知っていたけれど、手に取るきっかけがなくて、今まで読んだことがありませんでした。
でも、20代から隠居を実践されて、本をたくさん読んでいる大原扁理さんがブログでおすすめしていたので、初めて読んでみました。

そしたら、やっぱり面白かった!!

わたし
わたし

大原さん、ありがとうございました📖✨

・メディアとはどういうものか
・なぜ危機的下降が始ったのか
・そして、それに対して、わたしたちはどういう心持ちでいればいいのか

…などのテーマを、誰も言わなかった切り口で語っていて、学ぶことが多かったです。
本書は、神戸女学院大学の講義の書籍化なのですが、こんなおもしろくて、人生に役立つ授業を受けることができた大学生たちを、うらやましく思いました。

12年前に、この「知」レッスンを受けた若者たちは、今30代半ばにさしかかった年代になっています。
彼女たちは今、メディアをどう見て、どういう生き方をしているのかな?
この授業の影響が、大なり小なりあって、進路が変わったり、人生が変わった人もいるのではないかな? と本書を読み終えて考えてしまいました。

メディアの不調は、わたしたちの「知」の不調

テレビや新聞、出版の危機的不調の原因のひとつとして、著者が指摘していたのが、『演技的無垢』というもの。

『演技的無垢』とは、おのれの無垢や未熟を言い立てることで責任を回避しようとする態度

具体的な例として、テレビで「やらせ問題」が起きたときのことが挙げられていました。

新聞記者なら、「やらせ」があるだろうということを知っていて当然なのに、どこの新聞の社説も「こんなインチキな番組を作って視聴者を騙すなんて信じられない」と書いていた、と。

『知らないふり』『こんなことが起きるなんて信じられない』の立場でいることが、『知っていたけど、報道しなかった』という責任から逃れるための手段になっている!

メディアが、そんな常套手段を使っているということは、日々メディアに接しているわたしたちに、その影響がおよぶのは、当然の流れでもありますね。

著者は続けます👇

メディアが、この『演技的無垢』をたくさんやり続けていくうちに、それをマネする人たちが出てきた ⇒ それが「クレーマー」という存在だと。

マクドナルド・コーヒー訴訟を典型とする『被害者=正義』

1994年アメリカで、「マクドナルド・コーヒー訴訟」という裁判がありました。
有名な裁判なので、ご存じの方も多いと思いますが、カンタンに内容をいうと、マクドナルドのホットコーヒーでやけどしたのは提供した側に問題がある!、と客が訴えたら、まさかの勝訴をしてしまった、というもの。

被害者はどんなときも正義 という謎のルールがまかり通るようになった出来事でした。

この驚きの裁判があった後、いろいろな商品パッケージに「やけどする可能性がございますので、お気をつけください」という注意書きをよく目にするようになりましたね。
この裁判がなかったら、余計な文章を書き入れなくて済んだのですから、まさに、世界が変わってしまったといっても過言ではありません。

何か不都合なことが起こると、全部『人のせい』にして、『こんなことが起こるなんて信じられない』と『演技的無垢』の立場から文句を言う人たちを、「クレーマー」といいます。
そういう人たちは、自分たちが『被害者』であり、被害者は『正義』であるから、いくらでも自分たちの意見を相手にぶつけてもいい、と思っている。
メディアが率先してそれをやってきたのだから、自分も「正しいこと」をしていると思っている……。

わたし
わたし

まったく理解できなかった人たちの行動の意味を、的確な言葉で解説してくれていたので、大納得できて、すっきりしました!

ニュースを見て「?」と思ったり、スーパーマーケットとかで、店員さんに頭ごなしに怒っている客を見かけて嫌な気持ちになっても、それ以上深く考えることはしてきませんでした。
でも、著者のように、突き詰めて考え抜くと、なぜそうなるのかという仕組みが見えてくるんだな、と気づかされました。わたしも「?」を無視せず、考えるクセをつけたいなと思いました。

わたし
わたし

あ、でもわたしの知識量では限界があるので、本書のような本から「知」のレッスンを受けつつ!

12年後の今、「被害者は正義」に変化はあったのか?

「被害者は正義」という、固定化されたルールは、本書が出版されてから12年経った今、どうなっているのか?

2010~2022年という12年間の月日の中で、明らかに変化と進歩があったのは、インターネットの普及だと思います。
ツイッターや、ネットニュースへのコメントなどで、自分の意見を言える環境は広く、ハードルも低くなっています。

芸能人の不倫が発覚すると、サンドバックのようにその芸能人をたたく人たちがいます。
たたく人たち本人が被害にあったわけでもないのに、「正義」から外れた人なら、遠慮なくたたいてもいい、という心理からか、罵詈雑言を浴びせます。
「被害者は正義」をやりたい人が、潜在的に一定数いて、その人たちが活動できる場所をネットが作ってしまった……そんなイメージを持っています。

👆これだけを見ると、12年経って、状況は悪化しているようにも見えますが、一方で、「被害者は正義」という一方的な意見に対して、反論や訂正の意見もたくさん出てきています。
全体的にも、冷静な視点を持った意見や専門家の見解、平和的な感想や「ええ話」的なエピソードもたくさん見られるようになってきています。

ネットという場は、声の大きい人だけでなく、誰でも意見を言いやすい環境を整えてくれているし、見たくない意見を見ないようにする手段もありますから、その点では、良くなってきているんのではないかな、と個人的には感じています。

本書から学んだこと

★ 「?」と思ったことを、なんで引っかかったのか?と、立ち止まって考えてみる
★人のせいにしない
★「ありがとう」と言える人間になる

メディアの危機の本なのに、生き方すべてに関わることが書かれた、読み応えのある本でした!
記事に書いた以外にも、本書には、出版に関する危機、読者との関わり方、読者とはなんなのか? などなど、おもしろいテーマがたくさん書かれています!
新書サイズで、読みやすく持ち運びもしやすい本でもあるので、たくさんの人に(特に若い人に)読んでほしい一冊です!

わたし
わたし

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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