『暇と退屈の倫理学』話題の泣ける哲学書、読んでみたら、本当にすごかった!【ブックレビュー】

ブックレビュー

『暇と退屈の倫理学』國分功一郎[著]新潮文庫

本の大まかな内容

「なぜ人は退屈するのか?」「なぜ退屈は、苦痛なのか?」「そもそも、退屈とは何か?」
多くの人がギモンとしていたこの問題を、哲学で解き明かしてくれる本書。

問題がなにで、どんな概念が必要なのかを、さまざまな時代の哲学者の言葉や、経済学、心理学、医学など、多角度からひも解いていく。

退屈というぼんやりとした『苦しみ』の正体を知っていく過程をたどること、それは、『哲学』を体験するということ! そして読後、景色が変わります!

わたし
わたし

『退屈』という難題の答えを導く階段を、わたしたちにもわかる言葉で、ゆっくりしっかりと踏みしめて登っていくような感覚に。
読み切ったあとに見えた景色は、本を読む前とは確実に違っていました!!

哲学を『体感』できる、極上読書体験

オードリー若林さんの「國分先生、まさか哲学書で涙するとは思いませんでした…」という、本の帯を見た、という方も多いのでは?

「泣ける哲学書? どんな本なんだ!?」

と、わたしも本屋で見かけてから、ずっと気になっていました。
そして、ようやく読むことができました!!
(帯がついているのは、新潮文庫で、わたしは、太田出版のソフトカバー版を読みました)

涙することはありませんでしたが、そう書きたくなった気持ちはわかりました。
読み終わったあとの余韻というか、「おー……」という感嘆の声が思わず出てしまったくらい、心に響くものがあったからです

読み始めたときは、『暇と退屈』を哲学でひも解いていくんだな~、くらいの軽い気持ちだったのですが、その内容は想像を超えたものでした。

まず、『増補新版のためのまえがき』がよかった。ガッチリ心をつかまれてしまいました。
そこには、こんな文章がありました。

哲学とは、問題を発見し、それに対応するための概念を作り出す営みである。(略)

 人の生は確かに妥協を重ねる他ない。だが、時に人は妥協に抗おうとする。哲学はその際、重要な拠点となる。問題が何であり、どんな概念が必要なのかを理解することは、人を、「まぁ、いいか」から遠ざけるからである。

『暇と退屈の倫理学』國分功一郎[著]太田出版 2ページ

筆者は、本書を執筆する中で、哲学をそのようなものとして体験した、と書かれています。
そして、読者にもそのような体験をしてほしい、と。

わたしは、本書を読み終えたとき、もう一度この、『増補新版のためのまえがき』を読み直したのですが、『問題が何か』や『どんな概念が必要なのか』という最初に読んだときはまったくわからなかったことを理解している!とうれしくなりました。

本を読んだあとなんだから、あたりまえじゃないか、と言わればその通りなのですが、なんかちょっと違うのです。
『知っている』『理解している』ということを脳が喜んでいる、というような、そんな感覚なのです🧠✨

正直に言いますと、わかりやすく書かれているとはいえ、一度読んでもわからないところは何度も読み返し、メモもたくさん取り👇

普段の読書メモは、A4用紙で2~5枚くらいなのですが、本書は14枚書きました😂

時間をかけて読了することができた本ですが、わたしもわたしなりに『哲学』を体験できたのかも、とすごく満足した気持ちになりました😊✨

理解しているか、全然知らないかで、未来が変わる

本書では、「なぜ退屈するか」「なぜ退屈は苦痛なのか」ということを、多面的に考察されています。

段階をふんで、ひとつひとつていねいに向き合い、ひとつひとつていねいに答えを出しながら、結論を導き出されています。
本書にも書かれていたのですが、結論にたどり着くまでの『過程』がとても大事で、読んだからこそ『理解する感動』を得られたのだと、実感しています。

内容については「読むのが一番」なのですが、そうと書いてしまっては、ブックレビューにならないので💦 わたしなりに超超シンプルに説明させていただくとこうなります👇

たとえば……
・ある日のわたしは、別に見なくていいテレビを見ていたが、このままではいかんと、ブログ記事を書くことにした。

・しばらく書いていたが、うまくまとまらず、しんどくなってきたので、スマホを手に取った
すると、推しの名前が目に入った。『急に体調をくずし、活動を休む』というニュース記事だった
わたしは「心配」で心が苦しい状態になった。

・でもまた、ブログの作業に戻った。
作業に集中しうまく書けていると、推しのことは頭から消えて、苦しくなくなった。

・でも、ちょっとでも『間』があくと、「心配」が顔を出して、苦しくなった
またスマホで、新たな情報はないか検索した

気がつくとだいぶん時間を使っていた
またまたブログの作業に戻った。

でも、しばらくするとぼんやりして「心配」を思い出して苦しくなりスマホを取り……

くりかえす……

見なくていいテレビや、ちょっとした『間』、ぼんやりすること 👉 『退屈』
テレビを無意味に見た罪悪感、「心配」を思い出して苦しくなること 👉 『退屈が苦痛』

👆こういうことって、しょっちゅうありますよね!
もし、本書を読んでおらず、『退屈』の正体をまったく知らなかったら、上の出来事はどうなっていくでしょうか?
本書を読んでいないわたしと、読んでいるわたしを、比較するとこうなります👇

読んでいないわたし(『退屈』の正体を知らない)
・わたしの心は「心配」に支配される
・自分の心が、「心配」でいっぱいで、しんどくて苦しくてたまらなくない
・この苦しみから逃れたくて、余計な行動を取ってしまう
(ジャンクフードを食べてまぎらわせようとしたり、感情的な言葉をツイートして他人を不快にしたり)

読んだわたし(『退屈』の正体を理解している)
・どういう仕組みで「心配」を感じるのかを知っているので、心を支配はされない
・「心配」という苦痛が消えるわけではないが、振り回されることはない
・なので、余計な行動を取る必要がない

読んだわたしの方が断然いいですよね!
わたしの未来から、トラブルを起こす可能性が消えたのですから、この先の人生、いい方向に向かいます✨

本書を読んだか読んでないかで、それほどの影響が出る、パワーのある一冊と言えます!

わたし
わたし

この本に出会えたのは、本当にラッキーでした!!

わたしたちの記憶は、傷あとだらけ

上で書いたたとえ話では、『推しが体調をくずしたというニュース』を目にしたあとから、苦しみが始まりましたが、
このような、急にくる心を乱すもののことを、本書では『不法侵入』と呼んでいました

・わたしたちは、この『不法侵入』に心を傷つけられ、そのことを記憶する

・でも、日常をくりかえすことで、記憶の傷は治癒していく

・でも、すべての傷が完全に治るわけではないので、傷あとは残る(傷としてとどまり続けるのが、トラウマ)

わたしたちの心は、記憶の傷あとだらけ

ということになるそうです。

人間は生き延びていく中で、記憶し続ける。つまり傷を負い続ける。

『暇と退屈の倫理学』國分功一郎[著]太田出版 435ページ

👆ここを読んで、思い出したことがありました。それは、ハワイ伝統の問題解決プログラム『ホ・オポノポノ』でした

傷あとだらけの記憶を消す『ホ・オポノポノ』

『ホ・オポノポノ(正式名セルフアイデンティティ・ホ・オポノポノ)』=とは、
400年前からハワイの人たちに伝わっていた問題解決の方法を、ハワイの人間国宝となった伝統医療のスペシャリスト、故モナ・ナラマク・シメオナが現代版に開発したもの。

具体的にどういうものかというと👇

今自分の前に起こることはすべて、潜在意識の中の過去の『記憶』が再生されて、現在に投影されている。
目の前のこと(主に問題となること)を解決へと導くためには、その『記憶』を消せばいい。
消すためには、何をすればいいか?

「許してください」「ごめんなさい」「ありがとう」「愛してます」
この4つの言葉を言えば、自分の中の『不幸な記憶』が消えて、本来の生き方を取り戻せる

というものです。
(4つの言葉以外にも、いろいろやり方はあります)

かなりスピリチュアルな分野の問題解決法なのですが、『記憶を消す』というところに、本書の内容と通ずるものを感じてしまいました。

本書の中で、記憶を抱えていない人間=退屈しない人間=ジャン=ジャック・ルソーが描く自然人 とありました。
⚠️ルソーの自然人については、別の章でくわしく書かれています。

この、ルソーが描き出した自然人とは、権力も所有もない自然な状態の人間のことで、人間の本性を的確に描いている、と著者は指摘されています。

でも、そんな『自然人』はいない、と断言されてもいます。
記憶を持たない人間はおらず、生き延びていく中で、記憶し続ける。つまり傷を負い続ける、と。

ここを読んで、わたしはこう思いました👇👇

・記憶を抱えていない=退屈しない(=自然人)が人間の本性
でも、そんな人間はいない

・記憶をもつ=退屈し苦痛を抱え、傷を負いながら生きているのが、現実的な人間

ならば(ここから下はわたしの想像)

・記憶を消せば、傷が消え、幸せになるのではないかと考えた祖先がいた。

・400年前に、ホ・オポノポノの元となる問題解決法が生まれた

完全にわたしの妄想ですが、人類の歴史の中に、こんな流れがあったら、おもしろいな~と思ってしまいました🌈

おわりに

本書を読み終わったとき、その内容の深さ、広さ、濃さ、おもしろさを、このブログでどう伝えればいいのか、どんなブックレビューを書けばいいのかまったくわからず、途方にくれました。

そんなとき、推しの急病をSNSで知りました。
すると、上で書いたような心の流れを体感したのです。

「あ、これって、本に書いていた通りのことが起こってるやん!」

と気づき、このことを書いてみよう!と決断。ようやく記事にすることができました。
そして、『記憶』でつながった、ホ・オポノポノについても、書きました。
哲学とスピリチュアルをつなげてしまうのは、おかしいかな?と思いましたが、これは、本書がおもしろかったから、わたしの中にある引き出しが刺激され、想像もつかなかった展開が起こったことなので、そのまま書くことにしました。

読んだ側が、たくさんの学びを得られ、その後の生き方も変わり、さらに自分の中にあるものと化学反応を起こして、思いもよらない考えが生まれる✨
本書は、まさにそういう良書だと思います!
心からおすすめします!!

一応、ソフトカバー版も👇

わたし
わたし

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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