推しがいるのは幸せ? 推しに使う時間とお金って、価値があるの? 芥川賞受賞作『推し、燃ゆ』【おすすめ本】【読書感想】

ブックレビュー

自分にとって『推しを推す』ことの本当の意味を考えてしまう、いいきっかけをくれる本です!

わたし
わたし

推しがいるという人に、すごくおすすめします!

大まかな内容

高校生のあかりは、アイドルグループの上野真幸を推している。
その推しがファンを殴ったと、ネットで炎上。そのせいで、推しの人気が急落したことを受け、あかりは今まで以上に推し活に力を入れる。
するとどんどん、推し以外のことがおろそかになってしまい、あかりの日常がゆがみ始める……。
第164回令和二年(2020年)下半期芥川賞受賞作 宇佐美りん著(史上3番目の若さでの受賞)

推し活『ガチ勢』のリアルを垣間見れる!

わたしにも推しがいます。そのファンの中にも『ガチ勢』と呼ばれる、推しに全身全霊をかける人たちがいます。

ガチ勢の推し活とは……
・推しの誕生日に、推しのイラストでデコレーションした特注のバースデーケーキをSNSに投稿
・大量のグッズで『祭壇』を作り、SNSに投稿
・1回の配信に、2~3万円投げ銭を贈る
・ツイート、リプライ、DMを、毎日何度もていねいに書いて推しに送る

わたしも推しのことが好きだけど、そこまでのめり込むことはないので、彼女たちの行動が不思議でした。
時間もお金も、自分が与えられるものは全部推しに捧げてしまう人は、どういう心理なのか? 

本書を読んで、そんな『ガチ勢』の日常生活や心の奥底を垣間見れることができ、なるほど~と納得できました。
創作なのに、すごくリアル。
最後まで一気に読み進めました。

母親の理想に当てはまらなかった子どもの逃げ道 = 推し活

主人公あかりの母親は、自分なりの理想を持っている人。その理想に娘たちを当てはめようとしました。
あかりの姉、ひかりは、母の理想を当たり前のこととして受け入れ、器用にこなせるタイプ。
一方あかりは、それができない。母はあかりに対して不満を持つようになり、姉も批判的になる。
あかりはそんな生きづらさを抱えているときに、推しと出会います。そして、推しを推すことに、のめり込んでいくのです。

あたしは徐々に、自分の肉体をわざと追い詰めそぎ取ることに躍起になっている自分、きつさを追い求めている自分を感じ始めた。体力やお金や時間、自分の持つものを切り捨てて何かに打ち込む。そのことが、自分自身を浄化するような気がすることがある。つらさと引き換えに何かに注ぎ込み続けるうち、そこに自分の存在価値があるという気がしてくる。

『推し、燃ゆ』文藝春秋2021年3月号より  ※本文には、三行目 ような気がする に『、』がついている

親の保護下にいる子供としては、母親の理想に合わない、ということが、生きづらさに直結します。
その回避場所が、“推し”だった……

著者がテレビ番組に出演した時に、おっしゃっていた言葉があります。↓↓↓

自分の力だけで生きることが難しいときに、推しを頼りに生きる生き方もありなのではないか?

著者の言葉( 2021年3月27日(土)放送の「世界一受けたい授業」夜7:00-9:54、日本テレビ系)にて。
親からの『愛という名の人生の押し付け』 
↓↓↓
子どもができる自分を守るために行動とは?
↓↓↓
推し活が安全地帯になった
わたし
わたし

わたしには ↑↑↑こんな風に感じました。
親の期待にそえない自分を追いつめて、一人で苦しむより、『推しに逃げる』方がまだ希望があるような気がしました。

推し活とは、自分と向き合うための通過儀礼

主人公あかりは、推しを通して、自分の内面を見ようとしていたのかな、と感じました。そうすることで命の均衡を保っていた。

でも、推しは予期せぬ形でいなくなる……。主人公は、推し抜きで自分と向き合わざるをえなくなってしまう。

主人公にとって、推しを推すことは、自分と向き合うための通過儀礼だったんじゃないかな、と思いました。
客観的に見れば、主人公がしてきた『推し活』は『あほらしくて、時間のムダ』のように感じますが、この『時間のムダ』があったからこそ、『自分の人生』を歩むきっかけをつかめたんじゃないか……? そう感じました。

わたし
わたし

あかりには、『推しに出会えてよかった』という思いを持って、この先の人生、幸せになってほしいな、と心から願ってしまいました。 フィクションなのに💦

“推し”を応援するということは、“自分”を応援すること

わたしも、推しが一生懸命がんばっている姿に、元気と勇気をもらっています。

たくさんのファンの一人として、推しに言葉を送ります。
『がんばってください』
『ありがとう』
『お疲れ様でした』
『楽しかったです』
『素敵でした』などなど……。

これらの言葉が、推しに届いているかどうかは、送った側にはわかりません。
でも、想いがこもった言葉を、スマホの画面に打ち込んで、それを自分の目で読んでいるのは事実。
ということは、

推しに送ったやさしい言葉は、自分に語りかけているのと同じ

と、思ってもいいんじゃないかと! ちょっと強引ですが、個人的にはそう信じています。
これは推し活だけじゃなくて、スポーツ観戦でも、映画の登場人物に対してでも、なんでも、人に送った言葉はブーメランとなって自分に返ってくる。

わたし
わたし

人にかける言葉は、いつも思いやりを持って使っていきたい。そうすれば、幸せに生きていけると、この小説を読んで、改めて思いました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

あなたの大切な時間が、より素敵になりますように。

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