『方丈記私記』なぜ『方丈記』が人の心に響くのか? その理由がわかりました【読書感想】

『方丈記私記』サムネ画像ブックレビュー

『方丈記私記』堀田善衛[著]ちくま文庫

本の大まかな内容

芥川賞作家であり、宮崎駿監督が「最も影響を受けた作家」として挙げる堀田善衛さんが、自身の戦争体験と『方丈記』を重ね、『方丈記』を書いた鴨長明という人がどういう人であったかを掘り下げていく。
東京大空襲の頃に、『方丈記』を何度も読み返したという若き日の堀田さんは、鴨長明の言葉から何を読み取ったのか。
災害や疫病、人災、戦争……いつの時代にも見直される『方丈記』の魅力とは?

この記事を投稿した日は、2022年3月10日。77年前の今日、東京大空襲がありました。今、身近に戦争を感じる中、本書や『方丈記』についての記事を投稿することの、タイミングと意味を考えています。どうか、一日も早く平和な日常が戻ってきますように。

感想

大原扁理さんの『フツーに方丈記』という本を読み、『方丈記』にがぜん興味がわいたので、関連書籍を調べて、本書を見つけました。

堀田善衛さんの本は、上の『大まかな内容』のところにも書いたように、宮崎駿さんがすごくリスペクトしている作家さんだということから、わたしも過去に何冊か読んだことがあります。

『すごく優しい人だな』という印象が強く残っていて、その作家さんが『方丈記』のことを書いているのか!!と、うれしくなりました。
今すごく尊敬している著者さん(大原扁理さん)と、過去に読んでいた著者さんの、本のテーマが同じ、ということが、うれしかったのです。

鎌倉時代に書かれた『方丈記』という書物が、疫病や戦争が起こっているこの令和の時代にも、空襲が関東を襲った昭和の初期にも、同じように人の心に響くことに感動

その時代時代で「本を書こう!」と思わせるほどの力をもっていることもすごいと思います

本書では、『方丈記』や長明さんが歌った和歌などから、鴨長明という人がどういう人なのか、と考察していくのですが、和歌の部分はわたしには正直むずかしかったのですが、堀田さんという作家の視線で掘り下げていくのが面白かったです。

東京大空襲のあと、くり返し読んだ『方丈記』

堀田さんは、1945年の3月10日の東京大空襲を経験されています。
堀田さん自身は、東京の郊外にいて、直接被害はなかったのですが、夜が明けてから、町を見に行き、
平地と化してしまった東京の町を茫然と眺めました。

その日から短期間の間、『方丈記』を何度も読み返すことになります……。

堀田さんはなぜ、『方丈記』を読み返したのか? 
その理由をこう書かれています。

それは、やはり戦争そのものであり、また戦禍に遭逢してのわれわれ日本人民の処し(=それに応じた行動をとるという意味)方、精神的、内面的な処し方についての考察に、何か根源的に資して(=助けとなるという意味)くれるものがここにある、(略)と感じたからであった。また、現実に戦禍に遭ってみて、ここに、方丈記の記述されてある、大風、火災、飢え、地震などの災殃さいおう災難という意味)の描写が、実に、読む方としては凄然せいぜんもの寂しい感じがするさまという意味)とさせられるほどの的確さをそなえていることに深くうたれたからでもあった。

『方丈記私記』堀田善衛[著]ちくま文庫 太字とカッコ内はブログ主が補足しました

鎌倉時代から平安時代にあったさまざまな災難を、鴨長明が淡々と描写した『方丈記』が、昭和初期の東京大空襲を目の当たりにした堀田さんの心のよりどころとなった。だから何度も読み返した……。
これは、今、令和の時代にわたしたちが体験しているコロナ禍でも同じ心のよりどころになるのでは? 
だから、現代を生きる作家の大原扁理さんが『フツーに方丈記』を出版されて、見かけない本屋さんはないというような状況になっているのかな、と思いました。

堀田さんは、長明さんに対しての自らの思いをこう語っています。

彼は、要するにいまも私に近く存在している作家である、私はそう思っている。

『方丈記私記』堀田善衛[著]ちくま文庫

長明さんは、安元3年(1177年)の大火は25才(㊟本書には25才と書かれていますが、『フツーに方丈記』には23才と書かれています)で体験され、大風、福原遷都は28才(㊟『フツーに方丈記』では26才)という年齢で体験しているのですが、堀田さん自身も、この空襲を27才のときに体験していて、同じ年代だったことも『近くに存在している作家』の要因になっているのかもしれません。

ピアノを売る少女と、盗んだ仏を薪木にして売った木こり

本書の中でも特に印象的だったのが、堀田さんが目撃した『ピアノを売る少女』の話。

セーラー服とモンペという姿の小さな少女が、焼け落ちた駅のそばで、大八車に乗せたピアノに「百五十円で買って下さい」という札をぶら下げて、ぼんやりと立っていた
戦時中、食べ物が足りず、配給も少なく、なんでも売って、食べ物に変えなければならない……。そんな世の中の象徴のような光景。
ちなみに、この当時の「百五十円」は、酒一升分くらいの値段だという。

堀田さんはこの少女を見て、『方丈記』の中の、とあるエピソードが頭に浮かびます。

それは、養和元年(1181年)の飢饉のときの話。
飢えは、町の人々だけでなく、山の木こりたちにも襲いかかった。木こりの中には、古寺から盗んだ仏を割って、薪木にまぜて売っていた人もいた、というもの。

堀田さんは、このピアノを売る少女を見たとき、『方丈記』の木こりのくだりを読んだときの衝撃を思い出した、とそうです。

少女と木こり、一見全然違うのですが、『方丈記』を読み込んでいる堀田善衛という作家の視線で見ると、こういう通じ合いをしてしまうんだな、と興味深かったです。
ピアノが売れたかどうかは、そのまま立ち去ったので、わかりません……。

長明さんは、現場に行っちゃう人

堀田さんは、長明さんの人物像について、こう考察しています。

『なにかが起ると、その現場へ出掛けて行って自分でたしかめたいという、衝動をひめた人に見える』と。

それを物好き、あるいは好奇心、と解しても別に誤りではない。野次馬根性、としてもかまわぬであろう。けれどもこの男は、物好き、好奇心、野次馬根性というだけのことでは片付かぬような場所や人物に遭逢しに出掛けて行く。歌人としても、神主の息子としても、どう見ても何の用もありはしないところへも、かなりな危険を犯してまで出掛けて行く。

『方丈記私記』堀田善衛[著]ちくま文庫

これは気がつかなかった。言われてみれば、確かにそうかも、と思えます。
『フツーに方丈記』に掲載されている、大原扁理さん監訳の『方丈記』を読んでみて、その内容が素晴らしくて、そちらにばかり気持ちが向いていました。
でも確かに、大火事の火元が『踊り子の仮設宿泊所』であることや、その具体的な場所が書かれていたり、都が福原へ移ったときも、『用事があって出かけて行った』とは書いているものの、本当に『用事』があったのか? 福原の町の様子から天皇の住まいまでくわしく見て回っているし!

長明さんが、火事や大風や地震の直後や飢饉の最中などに、現場を歩いて、市井の人たちや町がどんな様子だったかを、記憶のフィルムに収めていて、それを晩年になって、方丈記に書きつづったのかな、と思えてきました。

わたし
わたし

現場を見渡している長明さんはどんな姿だったんだろう、と想像しながら、もう一度大原さん監訳の『方丈記』を読むのも、すごく贅沢な読書体験になりますよ👍✨

4万2300の遺体を供養した、仁和寺の陵暁法印が到達した境地とは?

堀田さんは、長明さんが現場に行ってしまう人だというところから、また別の考察をされています。

それは、京都の仁和寺(にんなじ)というお寺の陵暁法印(りょうぎょうほういん)というお坊さんのエピソード。
このお坊さんは、飢饉のとき、数多くの亡骸の額に、サンスクリット文字の「阿」を書いて、安らかな成仏を祈るという、自分にできることを淡々とこなしていました。
そのことが『方丈記』にこう書かれています。

その数はどれくらいになったかというと、4~5月の2か月間、エリアは左京内。この限定的な範囲だけでも、4万2千300体以上にのぼりました。

『フツーに方丈記』大原扁理[著]百万年書房

このとてつもない数の遺体、一体一体「阿」の字を書き、そして、その数を数えていった、陵暁法印というお坊さんの気持ちはどのようなものだったのか?

(略)二ヵ月もの日々、及び四万二千三百余という量は、宗教行為とか、善行とかいうはじめにあった意味・質を変えていく筈である。それが変えられ、かつ変って来て、いったいどういうものに到達したか。

『方丈記私記』堀田善衛[著]ちくま文庫

なにかが起こったら現場に行ってしまう長明さんは、どうだったのか? 
堀田さんは、こう書いています。

(略)四万二千三百余の屍の数を数えての涯に、陵暁法印が何を見るに到ったかは、もちろん長明も書いていない。けれども陵暁法印がついに到達したものの、そのほとんどのところまでは、同じく現場に立ちあっていた長明にもわかっていた筈だと私は思うのだ。

『方丈記私記』堀田善衛[著]ちくま文庫

長明さんが到達した境地とは、どんなものであったのでしょうか?

ぜひ本書を手に取って、堀田さんから見た鴨長明の到達点を、感じてみてください!

おわりに

『方丈記』は、山奥に引きこもった世捨て人が書いた、素晴らしい回想記なのですが、それだけじゃない異様な魅力がつまった書物だということが、本書を読んでわかりました✨

鴨長明という、超エリートに生まれながら、いろいろあって、生きたいように自由に生きることを自らが選び、実践した人が、
自分の足で現場に向かって、自分の目でいろんな場面を目撃、観察し、そしてそれを、自分の言葉で書きつづったのが『方丈記』であるならば、この書物が、どの時代にも人の心に届かないわけがない!

そう感じました。

本書は、知らない熟語があったり、長明さんの『和歌』について書かれていたり、わたしには、正直むずかしいところが多かったです💦
でも、『方丈記』についてのところは、大原さん監訳の『方丈記』を片手に、辞書のように助けてもらいながら読めたので、理解することができました。
『フツーに方丈記』、やっぱり素晴らしい本だなと改めて感謝いたします!

わたし
わたし

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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