村上春樹翻訳『愛について語るときに我々の語ること』レイモンド・カーヴァーの小説を初めて読んでみた【感想】【読書記録】

ブックレビュー

『愛について語るときに我々の語ること』レイモンド・カーヴァー[著]村上春樹[訳]中央公論新社

本の大まかな内容

アメリカの小説家、レイモンド・カーヴァーの短編集。村上春樹の翻訳ライブラリーの中の一冊。

感想

初めて、レイモンド・カーヴァーの小説を読みました。
最初、とっつきにくくて、世界観もよくわからなくて、首をひねって読んでいましたが、おわりにある、訳者である村上春樹さんの説明に背中を押されて読み進むことができました。

レイモンド・カーヴァーにとって、本書が、小説家として転換期の作品集のような意味合いがあるということや、この次の作品集『大聖堂』がカーヴァー文学の一つの頂点といえるなど。

著者の名前くらいしか知らなかったわたしのような読者にも優しく、招き入れてくれるような訳者の文章が、ド初心者の読解力を支えてくださった。

もう一つ、読みやすいポイントは、短編一つ一つに解説をつけてくれていること!

そこには、内容についても書かれているのですが、タイトルのつけ方についての経緯(発表される雑誌によって、タイトルが変わっていたりする)や、カーヴァーらしいタイトルのつけ方を考察していたり。それも面白かった!

とはいえ、本編の内容に魅力がなければ、解説も面白く感じません。

読み進むうちにどんどん惹きつけられて、気づいたらページをめくっているという感じに。
その短いお話の中には、『何か』が潜んでおり、暗くてどろっとしている。

1980年代のアメリカのどこか、日常の風景の一場面なのですが、そこには、『あきらめ』や『荒(すさ)み』があり、どうにもならない出来事が起こったり、まったくうまくいっていない誰かが出てくる。

運命が誰かを悲劇的に飲み込む。そしてその悲劇はそれだけでは終わらず、ついでにまわりの人間たちをも飲み込んでいく。それはある意味では理不尽な連鎖である。しかしその理不尽さは奇妙なほどリアルである。まるでギリシャ悲劇のようなあらぶれた悲しみがそこにある。

『愛について語るときに我々の語ること』レイモンド・カーヴァー[著]村上春樹[訳]中央公論新社 296ページ

👆『私の父が死んだ三番めの原因』という短編の解説の中にあった文章です。

読んでいる間、頭の中で不穏なBGMが鳴っているような感じがします。それがなぜかクセになりそう。

それもこれも、レイモンド・カーヴァーという作家が生み出す小説の世界観が、独特の魅力を持っているからだと思いました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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